旭ガラス財団研究助成最終報告

本文書のリッチテキストファイル

1 考古発掘品の電子保存,仮想復元及びマルチメディア展示に関する研究

Digital Preservation, Virtual Recovery and Multimedia Exhibition of Archaeological Excavated Relics

2 所属 役職 氏名

九州工業大学 情報工学部 機械システム工学科 助教授 鄭絳宇

Jiang Yu ZHENG, Associate Professor,

Faculty of Computer Science and Systems Engineering, Kyushu Institute of Technology

3 電子メールアドレス

zheng@mse.kyutech.ac.jp

4 研究概要

本研究は,画像計測,仮想現実感,マルチメディア技術を考古学の発掘と展示に導入するものである。発掘によって出土される遺品の形状と色彩を計測し,デジタル保存を行う。次に,コンピュータ空間の中で,破損された遺品を仮想的に復元する。さらに,マルチメディアや情報ネットワークを利用し,電子博物館を作成して,出土品を展示する。本研究は世界遺産の一つである中国兵馬俑博物館を実験場とし、システム開発を行った。このような大規模な発掘現場において、電子情報通信技術の応用を探った。従来人文分野での遺品保存と展示方式に対し、新しい枠組みと実現手段を提示する。

This project aims at applying image processing, virtual reality and multimedia technologies in computer science area to the conventional archaeological excavation. Excavated ancient relics usually suffer from a certain degree of damage. They are restored by archaeologists and then displayed in museums. With the help of information technology, we can bridge excavation to exhibition in a new virtual style. We measure 3D shape and color of unearthed relics at excavation sites so as to preserve relics in a fade-less digital format. Broken pieces of relics are connected and recovered in a virtual space by using various human-computer interfaces. The established results are displayed in virtual museum or accessed via Internet. We test our developed systems at a world famous excavation site - the Museum of Terra-Cotta Warriors and Horses in China, to verify the proposed idea.

5 本文

5.1 研究の背景と目的

 近年,情報通信分野での飛躍的な発展が人文考古分野に革新の兆しをもたらした。考古学の発掘による出土品の保存方法と修復過程において,コンピュータの役割が大きく期待されるようになってきた。コンピュータによる考古遺品のデジタルアカイビング技術は,文化遺産のマルチメディア化にも直接結びつき,電子博物館の構築に役に立つ。本研究は,画像計測,仮想現実感,マルチメディア技術を考古学の発掘と展示の分野に適用し,考古学の支援と新しい展示の枠組みを探る。

 メディアで報道されたように,日本や東アジアの国々に多くの考古発掘が進行している。欧州も古い時代の遺跡や廃虚の発掘を行っている。古墳や遺跡から出土された歴史的遺物の中で,文化的,芸術的価値の高いものの修復と復元は,古い時代の生活様式の解明と多種類文化の研究,そして,メディアによる一般公開において重要な過程である。破損された土器,陶器,磁器などの様々な遺品の復元は,今まで専門家の豊富な経験と多大な労働に頼ってきた。複雑な出土品を復元するには,空間想像力と判断力を要する。復元の過程を部品の欠落した立体ジグソパズルの組み立てと例えば,その難しさが想像できる。一方,画像処理技術の発展と仮想現実感の誕生は,コンピュータが考古学における出土品復元の作業を支援する可能性を与えてくれた。歴史文化出土品の公開において,今までは博物館や図書館に展示されてきたが,多くの貴重品は収蔵のイメージが強く,メディアによって取り上げられる以外,一般の人々の目に触れることは少ない。出土品が計測の方法によってデジタル化されると,実物を復元せず,サイバー空間での復元が実現できるため,より多くの人々がネットワークを通じて出土品や収蔵品を鑑賞することができる。

 本研究は,コンピュータによる出土品の計測、復元、展示といったフルデジタル処理のシナリオを検討する。研究の流れとして、出土された破片の形状や模様のデータをコンピュータへ入力し,その中で仮想的に破片の接続を行い,復元後の様子を作り出す。その効果として,まず,破片の組み立て計画立案がコンピュータの中で行える。そして,仮想空間無重力の環境で立体像を復元する作業には,力が必要なく,破片や復元品を自由に動かせる。破片を粘着せずに全体の復元された様子が分かり,復元の過程が進められる。出土品の破片を計測するだけで,コンピュータの中で復元した様子が生成できれば,展示においても非常に意義がある。

 本研究は計測機器を制作し,発掘現場に持ち込んで出土品の実測を行う。得られたデータを研究室で加工し、考古学研究や展示に用いられる。さらに仮想電子博物館を構築し,その結果をインターネットで公開する。これによって,考古学における新しい技術の利用法を確立させ,情報,制御技術と人文領域との一つの融合を図る。

5.2 研究経過

 大規模の野外考古発掘によって出土されるものの中で形が整っていないものが多く、一般的に研究所に持ち帰られて修復される。さらに、原形に復元されたものについて3次元モデリングをし、マルチメディア制作を行うことは、コンピュータグラフィックスの分野でよく見られる。しかし、考古学研究において、発掘された時の遺物の様子や周辺との相互関係が非常に重要な情報である。出土環境の記録といった初期データの処理は、これまで主に写真撮影や現場での製図に頼っている。本研究のように、早期の時点で出土品をデジタル化するため、画像電子装置による現場での3次元測定が必要になる。一方、精密計測の装置はやむを得ず大きくなり、野外発掘現場に持ち込むことは困難である。また、実験室で調整された装置は、実環境において計測空間、照明条件等の多様な変化に対応できない。このため、本研究は発掘現場で活用できる3次元計測装置の開発に着手した。頻繁な計測作業に備えるため、設備は軽量で携帯できるものにした。現場での組み立てを簡単にし、計測の姿勢調整を自由にした。一般的に煩雑と思われるシステム校正も最小限に抑えた。図1はシステム計測部を示す。制御されたビデオカメラとレーザの線形移動により、3次元物体の画像情報をビデオテープに記録する。

 このシステムを世界遺産の一つである秦兵馬俑(中国西安)の出土品計測に使い、実験を行った[5]。計測現場での環境がコントロールできないので、撮像の際カメラパラメータの調整を行った。発掘遺構の中でレーザでスキャンし、ビデオカメラで遺物の形状と分布を記録した。また、発掘された多数の彫刻像に対しても、各方向から同様な形状計測をし、各々の側面形状と色彩を記録した。実際に多数の計測を経て、システムの問題点や配置の方法について多くの経験が得られた。

 その後研究室に戻り、記録された大量な画像データを元に、物体の3次元モデルの制作を行った。まずは、カメラが並行移動する際の「消失点原理」を用いて、現場計測時のカメラ方向と位置パラメータを画像から逆推定した[8]。次に、ビデオ画像系列の中でレーザ光線が当った表面の各点を抽出し、3次元位置を求めた。さらに、画像処理によって、各点の色彩をも計算した。それらの3次元のカラー点列をパッチで結び、グラフィックスコンピュータの中で曲面を結成した。これにより、対象物体のCGモデルが生成できた。図2は一体の彫刻像の各表面をモデルにしたものである。また、計測された発掘構の状況も奥行きの等高線で表している。

 本研究は、コンピュータで作られた仮想空間の中で、計測された遺品の破片を接続し、色彩の復元を試みた。現実空間と近い感覚で破損の遺物を復元するため、「デジタル破片」の立体表示と3次元磁気センサによる対象の自由操作が要求される。しかし、本研究の実験で確認したところ、現在のCGコンピュータは、非常に簡単な物体しか仮想操作ができないと判明した。高度な修復作業に求められる遺物の繊細な表示と動作入力に対する機敏な反応は、要求するデータ量に関して相反するものである。本研究は操作の臨場感と実時間性より、復元の正確さを重視し、インターフェースソフトの開発によって操作機能を高めた。まず、対象を指定方向への移動と回転が実現できた。これによって物体を空間中の任意の位置への移動と姿勢調整ができるようになった[2]。立体表示の変わりに複数の表示窓を設け、物体間の位置関係を観察する。次の手法は、マウスで画面指定をし、接続する破片同士の上に接触点や対応点を選ぶ。それに基づいて、破片の拘束的移動(一点指定方式)と完全接合(3点指定方式)を物体内部の座標変換で実現した。意図的な接続指定によって、無駄な操作を減らし、修復作業の効率をあげることに成功した。このような仮想復元は,重い実物の接着と比べ,接着剤が不要で繰り返し操作が可能等の利点がある。その他に、破片接続のソフトは彫刻像のモデル合成にも用いられた。個別に計測された複数の側面を接合し、完全な彫刻モデルを造り出すことができた。図3-4はその操作の一例を示す。

 発掘遺品の形状復元と共に、彫刻像の古来の色彩を仮想的に復元することも行った。二千年前の兵馬俑像は鮮やかな色彩でペイントされていた。長い年月の埋蔵と発掘の時の酸化が原因で塗料が殆ど脱落され、土に色の残片しか残っていない。考古学者は化学の手法で塗料を保存しようと研究を重ねたが、彫刻像の完全な色彩は推測でしか分からない。本研究はニ千年前の彫刻像の色彩を仮想空間の中で再現する。画像計測で得られた彫刻像の色彩分布に対して、色相、彩度、明度に関する色変換を施した。破片に残存された僅かな色彩を手がかりに、服装、皮膚、甲冑、弁髪などの領域を本来の色に復元した。その結果、図5のような着色された彫刻像が得られた。実際に貴重な発掘品の上に再度塗料を塗ることは不可能とされているが、本研究はコンピュータの仮想空間で実現した。

 次の目標は仮想電子博物館の構築である.復元された遺品のモデルを集め,ネット上で公開する電子博物館を設計する。グラフィックスコンピュータを用いて,CGモデルの表面に模様と色彩を張り付ける。その結果を2次元または3次元の形式で表示し,文化財の研究や鑑賞に利用できる[3]。

 ネット使用者にアクセスしてもらうため、まず、記録の目的で採取した高分解能の画像やモデルを圧縮し、小さいデータ量で通信や表示を行う。計測で得られたデータをそのまま使うと,仮想空間での操作も遅い.本研究は、表示されるモデルの画質をなるべく落とさず、データ量を減らしていく。モデルのデータ量を削減するには、3次元座標と色彩を含む点列の個数を減らすことは有効である。本研究は形状データから表面曲率を計算し,平坦な場所では少ない座標点で表面形状を近似する。その上、色彩画像の微分計算も行い、模様変化の少ない場所ではモデルの点数を減らしていく。それによってモデルのデータ量を1/2から1/4に押さえる。また、表示だけの目的ならば、テキスチャーマッピングの方法をも採用した。色彩変化を保持したまま、位置情報を減らしていく。その圧縮率は対象によって違うが、実験の結果データ量はほぼ1/10になった。図6はデータ圧縮前後の様子を示す。

 構築される電子博物館は幾つかのレベルで古代の様子を再現することができる。まず、考古チームから提供された発掘情報を元に,本来発掘しなければ見られない地下の様子を可視化する.西安兵馬俑の場合は、二千年前の彫刻陣列と遺構を復元した(図7).彫刻像は着色され、見る視点に従ってその景観が変わる。さらに,計測データを用いたメディア製作も考えられる.彫刻像に材質と動きを付け加えることで、古代人間の様子をCGで仮想的に再現する.

 大規模の3次元景観を生成する際、画像が表示されるまでの時間がかかる。上述したモデルの圧縮以外、描画を簡略する手法も導入した。本研究は同一モデルに対して分解能の異なる幾つかのバージョンを用意する。対象の遠近によって粗いモデルと繊細のモデルを使い分けることにより,全体描画の負担を緩和した。また、各モデルを観測する視線を計算し、モデルの側面だけを選んで描画する。よって、膨大な隠面処理時間が減らされた。

 インターネットからの訪問に対して、人工現実感言語VRMLを用いてデータの転送と表示を行う。実際にデータ量が大きい場面を展示する際、VRMLで記述された粗い3次元景観マップモデルを送り、その中で提示された視点や移動軌跡をユーザーに選択してもらう。それに対応した様々な画像系列をデータベースから呼び出し、遠隔のユーザーに送る。これは、データ転送でユーザーサイトの計算能力を補う方針である。これから完成した内容を逐次に仮想兵馬俑博物館のホームページに加えていく予定である[9].

5.3 研究成果及び考察

 本研究は、文化的遺産の計測と保存、遺物の修復、そして、遺品の展示の多方面に渡って、最新のデジタル技術を導入した。画像やCGの手法で、考古発掘現場と出土品を計測し保存する。破損した考古遺品の仮想復元を試み、マルチメディア博物館の制作に手掛けた。これを通じて、IT技術分野と従来の考古分野との結び付けを強めた。

 本研究で作成したレーザカメラ計測装置は、軽くて携帯型のものにも関わらず精密なデータ記録ができる。物体表面の3次元形状と色彩を獲得することができる。現場でのシステムの校正は省いたため、素人も容易に使える。設備の装着は極簡単であり、環境に対する要求も少なく、これから広く普及されると期待できる。考古品を人類の遺産と考えると、その計測データは永遠に保存されるための精度を有しなければならない。陶器の兵馬俑の空間分解能は0.5cm〜1cmと観測しているが、本研究で開発したシステム分解能は最高1mmとなる。

 出土品の仮想復元について、粘着剤が必要せず、物理的重さもない反面、指で触る繊細な触感がなく,細かいところまで注視することができないため,実物を操作するように正確に突き合わせることが困難であると分かった.これらの人間の極自然な能力を全て電子装置やコンピュータの計算パワーに頼ると、現段階では実時間の操作ができないことを判明した。従って、仮想復元は今一種の補助手段として、考案と検証の形式でしか利用できない。

 研究を進める中、データ量が大きい問題として浮上した。復元において繊細な表示が必要である。一般的に考古分野で使われているコンピュータは膨大なデータを扱う能力が不十分である。また、展示の面においても同じ問題が起こっている。遺産とは、古代の優れたデザインや加工によって実現したものが多い。それらの鑑賞価値を保つため、分解能の高い表示が必要である。写真並みのリアリティを与えるため、大量なデータをインターネットで転送し、遠隔の端末で表示しなければならない。最近コンピュータの計算速度とメモリの進化速度を見ると、十年以内に解決の目処が着くと予測できる。

 ネット上の3次元仮想博物館に関して,二つの形式に沿って研究を進めていくべきである.一つは,膨大な3次元データを遠隔のコンピュータに転送して、VRMLでまたは画像として表示する.この方法は大量に転送を行い、表示にもメモリを使う。代わりの方法は,少量なモデル部品を転送し、遠隔にあるパソコンの上で展開する仕組みである.ユーザーサイドの表示パワーと言語の使用を要求する。

 本研究は多岐に渡って実験を展開したが、様々な問題を発見し、一層の方法改善と開発をしなければならない。最近、同様な目的とし、類似する手法を採用した研究が増えてきた。この意味では、本研究は先導的な役割を果したと言える。

5.4 今後の展望

 本研究で提案した遺産の計測、仮想復元、そして、インターネット博物館の展示は、様々な問題や挑戦を残しながら、近い将来実現できるものと予想できる。研究者の人数が増えれば、様々な方法が提案され、これらの技術が磨かれ、最終的に実用に結びつくと思われる。著者らも引き続き研究を進め、最新の結果を随時ホームページで公開していく予定である。

5.5 図表

図1. 3次元計測装置

図2. 計測結果

図3. 割れた破片の組み立て

図4. 3対応点指定による側面合成とその結果

図5. 彫刻像の色復元

図6. モデルの形状と色彩データの圧縮

図7. 仮想博物館の中の遺構と古代彫刻像

6 引用文献

[1] 鄭絳宇, 村田昭雄, 考古出土品の計測保存と仮想復元、電子情報通信学会論文誌, Vol. J81-D-II, No. 5, pp. 1035-1038, 1998.

7 助成研究発表論文リスト(論文発表、口頭発表)

7.1 論文発表

[2] J. Y. ZHENG, Z. L. ZHANG、Virtual Recovery of Excavated Relics. IEEE Computer Graphics and Application, May-June, pp. 6-11, 1999.

[3] J. Y. ZHENG, Virtual Recovery and Exhibition of Heritage, IEEE Multimedia, April-June, 2000, pp. 31-34.

[4] J. Y. ZHENG, A. MURATA、Acquiring A Complete 3D Model from Specular Motion under the Illumination of Circular-shaped Light Sources, IEEE Transaction on Pattern Analysis and Machine Intelligence, Vol. 22, No. 8, pp. 913-920, Aug. 2000.

7.2 口頭発表(国際学術会議)

[5] J. Y. ZHENG, Z. L. ZHANG、Digital Archiving of an Archaeological Excavation Site for Multimedia Display, 14th International Conference on Pattern Recognition, Vol. 2, 1492-1496, 1998.

[6] J. Y. ZHENG, Z. L. ZHANG、Digitizing and virtual recovering excavated relics in a world heritage site, International Conference on Virtual Systems and Multimedia 98, Vol. 2, pp. 654-660, 1998.

[7] J. Y. ZHENG, Z. L. ZHANG, N. ABE, Virtual Recovery of Excavated Archaeological Finds, IEEE Multimedia Systems Conference 98, pp.348-357, 1998.

[8] J. Y. ZHENG, A flexible laser range sensor based on Spatial-temporal analysis, 15th International conference on pattern recognition, Vol. 4, pp. 740-743, 2000.

7.3 ホームページ

[9] http://cyber.view.mse.kyutech.ac.jp,

http://www.cs.iupui.edu/~jzheng/bingmayong